「やれる時にやらなきゃ一生やらない」——衝動と”ありがとう”で街に灯した隠れ家バー

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代表:佐藤 晃央さん

サッカーに明け暮れた少年時代から今へ。旅も人生も衝動のまま、感謝だけは忘れずに

ご出身はどちらですか?また、幼少の頃はどんな子供だったか教えて下さい。

出身は新座です。ただ、父が志木の人間で、祖母の家も志木にあったので、幼稚園は志木なかもり幼稚園に通っていました。小さい頃はとにかくサッカー少年でしたね。幼稚園から始めて、小学校、中学校とずっとサッカー漬けの日々でした。中学のサッカー部は全国大会に出るような強いチームだったんですが、全国の舞台を前にメンバーから外れてしまって。「それなら意味がないな」と、中学3年の時にスパッと辞めました。そこからは塾に通って高校受験を頑張って、高校では部活には入らず、純粋に高校生活を楽しんでいましたね。卒業後は八王子にある専門学校のインテリアデザイン科に進みました。内装建築や商業施設のデザインを学ぶ学校です。……と言いつつ、正直、勉強よりも遊んでばかりの3年間でしたけど(笑)。

休日は何をしてますか?趣味などがあれば教えて下さい。

休みは「あるようでない」感じです。時間に縛られない働き方をしているので自由は利くんですが、契約が入ればそちらを優先するので、決まった休日というのはないですね。趣味は旅行です。草津にはしょっちゅう行っていて、「明日休み?じゃあ今から草津行こう」なんて、思い立ったらすぐ出発するタイプです。飲みの席で盛り上がった勢いのまま朝の羽田空港へ向かい、一番安かった便に乗って石垣島まで行ったこともあります(笑)。計画を立てるのが苦手で、本当に衝動で動いていますね。あとは絵を描くことも好きです。店に飾ってある絵も自分で描いたもので、タイムズスクエアの黄色いタクシーを描いている途中なんです。実は高校進学の時、美大に行きたいと思っていたくらい、昔から描くことが好きなんですよ。

座右の銘やそれにまつわるお話があれば教えて下さい。

かっこいい座右の銘は特にないんですが、心がけているのは「ありがとう」をたくさん言うことです。ありがとうと言われて嫌な人はいないじゃないですか。きっかけは、父が亡くなったことだと思います。半年ほどであっという間に逝ってしまって、恩返しや親孝行を満足にできなかった。だから、感謝はちゃんと言葉で伝えることが大事なんだなと。最初は母と役所や病院を回る中で、ふざけて「いつもありがとうね」なんて笑いながら言っていたところから始まったんですけど、言っているうちに自分も気持ちよくなってきて、今では意識して言うようにしています。あとは「自分が楽しく」。何をするにも、楽しければそれでいいという感覚は根っこにありますね。

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父から継いだ不動産業と、勢いで借りた一軒の店。仲間と一緒に作り上げた隠れ家

改めて事業内容を教えて下さい。

本業は不動産業です。もともと父が新座で不動産会社をやっていて、私はその会社で売買を担当していました。私自身は専門学校を出てから戸建ての分譲会社や仲介会社で経験を積んできたんですが、独立を考えて父の会社に入った矢先、一昨年、父が病気で急逝してしまって。夏に検査で見つかって、翌年の3月にはもう亡くなっていました。長年父がお付き合いしてきたお客様には「私にはできません」と一度お断りに行ったんです。父が積み上げてきた信頼を、中途半端に引き継いで壊したくなかったので。でも「一個ずつでいいから引き続きお願いします」と言っていただけて。今は不動産の売買と賃貸管理を中心に、父の会社を引き継いで続けています。そしてもう一つが、志木で高校の同級生と共同経営しているこのお店です。

事業や商品についてのこだわりはありますか?

お店のコンセプトは「隠れ家」です。駅から少し離れている分、落ち着いて飲める。店内も小さいので、お客様との距離が自然と近くなるんですよね。もともと「自分が居心地よく飲める場所を作りたい」というのが始まりだったんです。……まあ、忙しい日はゆっくり飲むどころじゃなくなってしまって、あまり叶っていないんですけど(笑)。こだわりといえば、この店は解体から内装まで、志木の後輩や仲間たちとほとんど自分たちの手で作り上げたんです。床をやってくれた人、塗装をやってくれた人、大工仕事をしてくれた人。「みんなで作ろう」と声をかけて、いろんな人の手が入ったお店なんですよ。壁の絵を描くのも私の担当です。

起業したきっかけを教えて下さい。

一緒にやっている相棒は高校の同級生で、昔から飲むたびに「いつか一緒に何かやりたいね」なんて話をしていたんです。そんな中、この場所に以前あったお店のマスターが亡くなって物件が空いたという連絡が入って。その日のうちに管理会社へ「借ります」と電話しました。完全に勢いです(笑)。ただ、「やろうやろう」と言っているだけでは絶対にやらなくなる。やれるシチュエーションがあるのにやらないのは、もう一生やらないなと思ったんです。周りからは「共同経営は絶対やめた方がいい」とさんざん言われました。でも私たちはお互い本業があるので、今のところ給料は取らず、売上は全部お店にプールする形にしていて。お金で揉めることもなく、楽しくやれています。

なぜこの地域で事業をやろうと思ったのでしょうか?

生まれは新座ですが、志木は私にとって縁の深い街なんです。父が志木の人間で、祖母の家も志木。幼稚園も志木でした。それに15歳の頃から、敷島神社のお祭りにずっと関わっているんです。大人の神輿がどうしても担ぎたくて、高校1年の時にたった一人で飛び込みました。20歳からは役員をやらせてもらって、気づけばもう18年。一度だけ、年末の餅つきが嫌になって大晦日にタイへ逃亡したこともあるんですけど(笑)、お祭りの時期が近づくとやっぱりやりたくなって、頭を下げて戻りました。そんな街だから、店を作る時も志木の仲間たちが自然と集まって手伝ってくれた。この場所でやることに理由はいらなかったですね。

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お店をきっかけに広がった新しい繋がり。祭り好きが見据える青年部とこれから

そもそも、なぜ青年部に入ったのでしょうか?

きっかけはこのお店です。飲食業をやっていく上で、地域との繋がりはとても大事だと思ったんです。ちょっと打算的に聞こえるかもしれませんが(笑)、この街でお店を出したからには、と。仲間が間を繋いでくれて、入会させてもらいました。

青年部に入ったメリットがあれば教えて下さい。

まだ入ったばかりですが、委員会に一度出させていただいたら、皆さんがお店に来てくださったんです。志木の人って本当に繋がりが多いじゃないですか。ずっと本町に住んでいたとはいえ、こうしてまた新しい方たちと繋がれたのは、すごくありがたいなと思っています。

最後に今後の事業の展望や青年部活動について一言お願いします!

青年部では、お祭りやイベントに関わってみたいですね。もともとお祭りやライブを楽しむのが大好きなので、見ていて純粋に「楽しそうだな」と(笑)。事業については、きっかけとタイミングがあれば2店舗目もやってみたい気持ちはあります。自分からガツガツ計画するタイプではないんですが、面白そうな話が舞い込んできたら、きっとまた勢いで動くと思います。根っこにあるのは「楽しければいい」。これからも衝動を大切に、この街で楽しくやっていきたいですね。

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〒353-0004 埼玉県志木市本町5-2-10